名古屋地方裁判所岡崎支部 平成10年(ワ)378号 判決 2000年4月26日
原告 A野花子
右訴訟代理人弁護士 佐久間信司
右同 水野幹男
被告 金星工業株式会社
右代表者代表取締役 松本喜久也
右訴訟代理人弁護士 石原金三
右同 花村淑郁
右同 杦田勝彦
右同 石原真二
右同 林輝
主文
一 被告は原告に対し、金二三四〇万八三六〇円及びこれに対する平成一〇年七月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
被告は原告に対し、金一億三八五〇万円及びこれに対する平成一〇年七月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、被告会社が、その取締役であった訴外人を被保険者として、訴外生命保険会社と生命保険契約を締結し、右保険契約に基づいて、訴外人の死亡により保険金を取得したところ、訴外人の相続人から被告会社に対し、保険金の引渡しを求める事案である。
三 争いのない事実等
1 原告は、訴外亡A野太郎(以下「亡太郎」という。)の妻である。
2 亡太郎は、昭和三五年二月八日、被告会社に入社し、当初は、主として機械設計の業務に従事していたが、その後、管理業務に従事し、昭和四七年ころから幸田工場長の地位にあった。昭和五五年一月、被告会社の取締役に就任し、平成元年ころ常務取締役に就任した。
3 被告会社は、亡太郎を被保険者として、訴外アイエヌジー生命保険株式会社(旧商号はナショナーレ・ネーデルランデン生命保険株式会社、以下「アイエヌジー生命」という。)との間において、左記内容の保険契約(以下「本件生命保険契約」という。)を締結し、亡太郎の死亡により被告会社は、平成一〇年三月一二日、金一億三八五〇万円を受領した。
記
保険の種類 逓増定期保険特約付定期保険契約
保険金額 主契約の死亡保険金 一五〇〇万円
逓増定期保険特約基準保険金 九五〇〇万円
保険契約者 被告会社
被保険者 亡太郎
保険金受取人 被告会社
契約締結年月日 平成五年一二月二九日
4 本件生命保険契約は、定期保険に逓増定期保険特約を付した契約である。逓増定期保険特約とは、第二保険年度以降、毎年特約締結時の保険金額に一〇パーセントに相当する額を、特約保険金額に上積みするものである。本件の場合、被保険者が死亡した当時は、第四保険年度であったことから、特約保険金額九五〇〇万円の一三〇パーセントに主契約の死亡保険金額一五〇〇万円を加算した一億三八五〇万円が、その保険金額であった。
5 被告会社がアイエヌジー生命と締結している保険契約は、役員・一部幹部社員を被保険者とするもので、被告会社を保険契約者兼保険金受取人とする契約である。
保険契約者以外の第三者を被保険者として、その第三者の死亡を保険事故とする生命保険契約は、他人の生命の保険契約といわれるところ、本件もその保険契約である。
6 亡太郎は、本件生命保険契約の被保険者となることに同意した。
7 亡太郎の法定相続人は同人の妻である原告、二女A野夏子、長男A野一郎であるが、被告会社に対する本件保険金相当額支払請求権については、原告が単独相続することで相続人間において合意した。
四 争点
1 本件生命保険契約における保険金相当額引渡の合意(以下「本件合意」という。)の有無
(原告の主張)
(一) 亡太郎は、平成五年一二月二九日、本件生命保険契約の被保険者となることに同意するに際して、保険金受取人を被告会社とするが、同人が死亡もしくは高度障害となり、被告会社に保険金が支払われた場合には、右保険金相当額は被保険者亡太郎もしくは同人の相続人(遺族)に支払う旨、被告会社との間で合意した。
仮に、右明示の合意がなくとも、特別な合理的な事情がない限り、保険金相当額は、被保険者もしくはその遺族に支払う旨の合意があったものと推認すべきである。けだし、他人の生命保険契約において、被保険者の同意を要求するとした趣旨は、他人の生命保険契約において契約者が不労な利得を得ることを防止しようとするところにあるからである。さらに、事業主が従業員・役員を被保険者とする場合には、後記(二)のとおり、事業主が負担した保険料は所得税法・法人税法上損金に計上できるという優遇措置がとられているからである。
仮に、本件保険金額の一部を亡太郎の遺族への保障以外に充てることが予定されていたとしても、本件保険金の相当部分が亡太郎への保障とみるべきである。
(二) 本件生命保険契約において、被告会社が保険金受取人とされているのはかかる保険契約の締結が、使用者のなすべき役員・従業員の福利厚生事業の一環としてなされているからである。ここにいう、役員・従業員の福利厚生とは、役員・従業員の収入によって生計を支えられていた遺族の生活補償を意味する。それ故、税法上も、保険契約者たる使用者が支払った保険料は経費として全額損金に計上され、課税の対象とはならないという優遇措置が採られているのである。
(三) 現行の商法は、同意主義を採用しているが、この考え方をとっているからといって、他人の生命保険契約において不労な利得をえることが無制限に許されるものではなく、保険契約者が保険金を取得するについては何らかの合理的な被保険利益を有する場合に限って、その限度において保険金を取得することが許されるものと解すべきであり、とりわけ、事業主が従業員・役員を被保険者として保険契約を締結し、保険金受取人となる場合においては、当該保険金相当額は従業員・役員の不時の死亡の場合に備えて、退職金もしくは弔慰金として被保険者である従業員・役員もしくはその遺族に引渡されることを予定されているものというべきである。
(四) 他人の生命の保険契約により不労な利得を得るのを防止するため、昭和五八年以降の契約においては、大蔵省の指導により生命保険業界においては、この種の契約を締結するに際しては、保険契約締結の根拠となる社内規定の徴取を義務づけるとともに、社内規定の存在しない場合には、「生命保険契約付保に関する規定」を徴取する取扱いになっている。
右規定第二項には、「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする。」と保険金の使途が明記されている。
本件においては、生命保険契約付保に関する規定が作成されていないが、大蔵省の行政指導や生命保険協会の申し合わせの内容からして、保険金額が退職慰労金規定の金額とかけ離れた額の場合には、その差額の全部もしくは相当部分は被保険者の遺族に引き渡されるべきであり、被告会社が全額取得することは不労な利得として許されない。
(五) 本件生命保険契約は、被告会社の役員であった被保険者亡太郎とその遺族の生活保障を目的とするものである。それゆえに、保険金額も被保険者の退職金の予定金額を基礎に設定されている。
また、本件生命保険契約の取扱者及び担当者の報告書には、申込みの動機として、経営者の保障とされているから、これは、被告会社の常務取締役として経営者の立場にあった被保険者亡太郎への保障もしくは遺族への保障と解すべきである。
(六) 被保険者亡太郎は、平成六年六月に悪性リンパ腫(ガン)を発病し、平成七年三月には被告会社を退職している。亡太郎は被告会社を退職後約二年六か月を経過した平成九年九月四日に悪性リンパ腫(ガン)の再発により死亡している。ところが、被告会社は、被保険者亡太郎の退職後も本件生命保険契約を解約せず、保険契約を継続して保険料を支払い続けていたものであるから、本件生命保険契約の趣旨・目的が被保険者亡太郎とその遺族の生活保障にあったことは明らかである。
(七) 以上のとおり、本件生命保険契約に基づく死亡保険金の全部もしくは相当部分は被保険者の遺族である原告に帰属すべきものである。
仮に、原告に引き渡されるべき相当部分の金額が法律的に確定できないとすれば、被保険者もしくはその遺族が本件生命保険契約に基づく死亡保険金を取得する権利を有していることは明らかであるから、民法二六四条の規定が適用され、同法二五〇条の準用により、少なくとも保険金の半額に相当する金額は被保険者の遺族である原告に帰属するものと解すべきである。
(八) 役員退職慰労金規定一三条の効力
被告会社における退職慰労金規定一三条は、保険金額が退職慰労金相当の金額である場合に限って有効と解されるべきである。本件の場合、保険金額が退職慰労金の金額を大幅に上回る場合に、被告会社が役員の生命を利用して不労な利益を得ることになるから、右規定は公序良俗に反し無効と解すべきである。
仮に、右規定が有効であるとしても、亡太郎は、死亡時点において、被告会社を退職しているから、本件生命保険契約については、右規定の適用はない。
(被告会社の主張)
(一) 本件保険契約書には、本件保険金受取人は被告会社と明記されているところで、本件保険金を被告会社が受け取るべきことを被告会社及び亡太郎も了解していたことは明らかである。けだし、被告会社と亡太郎との間で、本件保険金が最終的に亡太郎に引渡されるべきである旨合意されていたのであれば、保険金受取人として、亡太郎もしくはその遺族を指定すれば足り、またそうすべきであったからである。亡太郎の本件生命保険契約締結に同意する旨を確認した書面においても、原告主張にかかる本件合意を窺わせる記載は皆無である。
(二) また、被告会社の退職慰労金規定一三条では、「退職慰労金と関連のある会社加入の保険契約の受取保険金(中途解約返戻金も同じ)は、全額会社に帰属する。」旨規定されており、被告会社においても、保険会社から支払われる保険金をそのまま被保険者に引き渡すべき意思を有していなかったことは明らかである。
(三) 本件生命保険契約の付保目的は、企業防衛と福利厚生であって、保険料が全額損金処理することができ、中途解約の場合の保険料累計、解約返戻金の額、単純返戻率及び実質返戻率からも、本件生命保険契約が企業にとって利益の繰り延べと節税効果に着目されていることは明らかである。さらに、福利厚生は、保険会社と保険契約者との間の生命保険契約締結にかかる企業意思と付保目的の問題であり、退職慰労金もしくは弔慰金の支払い合意の問題は、会社と従業員との間の労働契約上の契約内容の問題であり、両者は異なる問題である。
役員退職慰労金請求権の有無及び額は本件では被告会社の役員退職慰労金規定に基づいて定められているところ、本件生命保険加入はその支払い基盤を充実確保する財源として利用されていることがあるというにすぎず、本件保険金額によって役員退職慰労金の金額が決せられるものではなく、付保目的によって保険金受取人がかわるものではない。亡太郎が、役員退任に当たって取得する直接的な請求権は役員退職慰労金請求権以外になく、この請求権は被告会社の役員退職慰労金規定に基き、被告株主総会の決するところである。
(四) 被告会社は、平成七年三月、亡太郎の役員退任の時点で、同人がガンで近々死亡することを確知していたことはない。
本件生命保険契約締結後に被保険者が疾病に罹患し、これを知りつつ解約しなかったとしても、生命保険契約の効力が問題となる余地は全くない。
また、生命保険契約に何らかの無効事由があったとしても、保険会社が保険金の支払いを拒絶することがあるのは格別、保険金を被保険者に引き渡すべきであるとする理由は全くない。
(五) 被告会社は、亡太郎の退任後においても保険料の支払いを継続していたが、これは亡太郎の遺族の経済的保障をする意思を有していたものではなく、その義務もない。
2 信義則上の本件保険金引渡義務
(原告の主張)
(一) 仮に、本件合意がなかったとしても、亡太郎と被告会社との間の委任契約もしくは労働契約に付随する信義則上の義務として、被告会社は高度障害保険金相当額、死亡保険金相当額を亡太郎もしくはその遺族に引渡す義務があるものというべきである。
(二) 亡太郎は、四〇年近く被告会社に勤務していたものであり、本件生命保険契約締結時は被告会社の常務取締役の地位にあったものであるが、取締役といっても実質は被告会社の従業員兼務役員である。本件生命保険契約締結当時、被告会社と被保険者の関係は深い信頼関係を基礎とする継続的な契約関係であったものである。被告会社が被保険者亡太郎の生命を利用して不労な利得を得ることは本来考えられないことであり、また他人の生命の保険契約において被保険者の同意を要するとした法律の趣旨からしても、被告会社が保険金を不当に利得することは許されない。
(被告会社の主張)
(一) 現行の法制度においては、①生命保険契約は、人の死亡という不確定な事実の発生を支払条件とするもので、射倖契約性を有する、②生命保険金の支払いは、既に払い込んだ保険料の対価としての性質を有する、③他人の生命保険も許容されている、したがって、生命保険金は、保険料支払いの対価であって、何ら不労の利得というべきものではない。
(二) 原告主張の委任契約もしくは労働契約関係における支払義務は、性質上、退職金もしくは退職慰労金と呼ばれる性質の債務と考えられるところ、被告会社は亡太郎に対し、①昭和五五年七月ころ、従業員退職金として、金三九九万〇七二〇円、②平成七年三月、役員退職慰労金として、金一七四二万円、平成八年四月金三七四万七五〇〇円、合計二一一六万七五〇〇円をそれぞれ支払っており、右義務を完全に履行している。また、亡太郎は、被告会社を退職して約二年後に死亡したものであり、死亡弔慰金を支払うべき義務はない。
3 不当利得の有無
(原告の主張)
(一) 被告会社は、受益として、一億三八五〇万円の保険金を受領した。
仮に、右金員全額が受益に当たらないとしても、少なくとも亡太郎が被告会社を退職する時点において、被告会社が受け取るべき解約返戻金六一四万五〇〇〇円と一億三八五〇万円との差額である一億三二三五万五〇〇〇円は受益に当たる。
(二) 本件における損失について、亡太郎が、被告会社の役員を退任した後までも保険契約を継続し、かつ被告会社が保険金全額を取得することまでも同意していないことは明らかであり、ガンに罹患して遠くない時期に死亡することが確実視される状況において、保険契約を継続することは、著しい人格権の侵害というべきである。この人格権侵害により、亡太郎は、被告会社の受け取った保険金相当額の損失を受けた。
(三) 前記1に述べたところから、受益と損失に社会通念上の因果関係があり、実質的公平の観点からも受益に法律上の原因がない。
4 不法行為に基づく慰藉料請求の成否
(原告の主張)
(一) 被告会社は、亡太郎が被告会社取締役を退任した後も、右退任の事実を知りながらあえて本件生命保険契約を継続し、年間四九二万七〇八五円の保険料を支払い続けたものであり、亡太郎が自己を被保険者として被告会社が本件生命保険契約を締結することの同意を与えた際、その内容は、亡太郎が被告会社の取締役在任中に死亡その他の保険事故が発生した場合には被告会社が所定の保険金を受領することを承諾するものであって、退任すれば被告会社は本件生命保険契約を解約して解約返戻金を取得するものであって、亡太郎が被告会社を退任後も保険期間二一年満了時まで被告会社が本件生命保険契約を継続することまで了解していたものとは到底解されない。
したがって、被告会社は亡太郎退任後は本件生命保険契約を解約すべきであって、これをしないまま継続することは、亡太郎の同意がないにもかかわらず亡太郎の生命を利用して巨額な保険金を取得したものであるから、被告会社の行為は亡太郎の人格権を侵害したものである。
(二) 損害
亡太郎に対する被告会社の人格権侵害により、精神的損害が発生し、その額は訴外アイエヌジー生命から被告会社に支払われた保険金一億三八五〇万円相当額である。
五 判断
1 本件合意の有無について
前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 亡太郎は、昭和三五年二月八日、被告会社に入社し、昭和四七年ころから、幸田工場長の地位にあり、昭和五五年一月、被告会社の取締役に就任し、平成元年ころ常務取締役に就任した。
被告会社は、平成五年一二月二九日、亡太郎を被保険者として、アイエヌジー生命との間において、本件生命保険契約を締結した。その内容は、保険の種類として逓増定期保険特約付定期保険契約であり、保険金額は、主契約の死亡保険金は一五〇〇万円、逓増定期保険特約基準保険金九五〇〇万円、保険契約者は被告会社、被保険者は亡太郎、保険金受取人は被告会社、保険期間は、平成五年一二月二九日から平成二八年一二月二八日まで(被保険者が八〇歳になるまで)であった。逓増定期保険特約は、第二保険年度以降、毎年特約締結時の保険金額に一〇パーセントに相当する額を特約保険金額に上積みするものであり、本件において、被保険者である亡太郎が死亡した当時は、特約保険金額九五〇〇万円の一三〇パーセントに主契約の死亡保険金額一五〇〇万円を加算した一億三八五〇万円が保険金額となっていた。
亡太郎は、平成六年六月ころ悪性リンパ腫を発病し、平成七年三月被告会社を退職し、平成九年九月四日死亡した。
被告会社は、平成一〇年三月一二日、亡太郎の死亡により、死亡保険金一億三八五〇万円をアイエヌジー生命から受領した。
(二) 被告会社は、被告会社の会計監査及びコンサルティング業務をしている今井から、企業防衛と節税対策を主たる目的として、本件生命保険を勧められた。当時、被告会社は役員に対する退職金債務が確立していなかったものの、平成五年一一月一日に役員退職慰労金規定が制定された。
また、アイエヌジー生命担当者の荒木は、逓増型保険について、インフレ等により保険金額が目減りさせない目的で作られたこと、企業防衛とは、企業のリスクとして特に役員が会社に対して与える損害、損失を予防すること、福利厚生とは役員、従業員の入院や退職をケアーすることを意味すること、本件生命保険は被告会社にとって保険料が平成八年まで全額損金計上でき、平成八年以降は半額が損金計上でき、死亡保険金を受けとった場合、一旦収入として受けとった年度の益金に計上し、その中から死亡保険金あるいは弔慰金を支払った場合には、その額を損金として計上でき、解約返戻金を受けとった場合は、一旦その金額を益金に計上し、その中から役員等の退職金を支払った場合には損金計上できることから、節税対策となることをセールスポイントとしていた。
(三) アイエヌジー生命では、法人ないし個人事業主が契約者となり従業員を被保険者として、法人ないし個人が保険金の受取人となる場合には、大蔵省の指導に基づき、生命保険付保に関する書面に事業主と被保険者が連署することとなり、保険金の使途についても確認することとされていたが、退職金規定がある場合や役員が被保険者である場合には同人に面談して直接説明し、署名をもらっていることから、不要としていた。
なお、生命保険付保に関する規定は、「この生命保険契約に基づき支払われる保険金及び給付金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払に充当すること、この規定に基づき生命保険契約を締結する際、アイエヌジー生命は被保険者となる者の同意を確認する」旨規定している。これは、事業主が不当に保険金を取得することを防止するとともに、退職金に対し、保険金をあまりにもかけ離れた額に設定しないようにするとの趣旨が含まれている。
(四) 荒木は亡太郎に対し、平成五年一二月一五日、本件生命保険契約の説明の際、保険金額、受取人等の内容及び万が一の場合には、生命保険金を支払う旨述べている。また、荒木は、当時、本件生命保険に経営者の遺族の補償をする意味も含まれている旨の認識をしていた。
なお、被告会社には平成五年一一月一日制定された退職金規定があるものの、本件生命保険契約の締結を検討した時期も右規定の制定時期とほぼ同時期であった。
このような状況において、亡太郎は本件生命保険契約の被保険者となることに同意した。
(五) 本件保険契約のパンフレットには、逓増保険であること、役員のために特に高額かつ長期の保障内容としていること、節税できること、経営者の退職金・弔慰金の準備に有効であること等がうたい文句とされていること、本件保険金の算出根拠として、亡太郎の死亡退職金を二億三四六〇万円とされているところ、現実には、被告会社の退職慰労金規定と計算方法、金額が異なっているとしても、右死亡退職金額が本件保険金算出の根拠とされていることが窺われること、また、被告会社の右退職慰労金規定に基づく退職慰労金と本件保険金額は、極端に異なり、本件において、亡太郎に対し、役員退職慰労金を支払っているところ、右金額は、二一一六万七五〇〇円であり、他方、本件保険金額は、主契約の死亡保険金が一五〇〇万円、逓増定期保険特約基準保険金が九五〇〇万円で、第二保険年度以降、毎年特約締結時の保険金額に一〇パーセントに相当する額が上積みされるものであったこと(具体的に、亡太郎の死亡時には、保険金額が一億三八五〇万円であった)、及び前記荒木の証言に照らして、本件保険契約の目的として本件保険金を退職金に充てること、役員死亡による企業の損害の填補の他、役員の福利厚生、遺族の生活補償の目的を含むものと考えるのが合理的である。
(六) 亡太郎は、死期が間近に迫ったころ、原告に対し、「もし、自分が死んだら、被告会社が保険のことで判を押してくれ、と行って来るかも知れない。もし来たら、それは自分たちに貰える保険金だから、すぐには判を押してはいけない。一〇〇〇万円でも、二〇〇〇万円でも貰えるかも知れないので、弁護士に相談するように。」等と言っていた。
2(一) 右事実関係によれば、被告会社と亡太郎との間において、本件保険金については、少なくとも本件保険金のうち相当額を遺族に引渡す旨の合意があったものと推定するのが相当である。
(二) 被告会社の退職慰労金規定一三条によれば、退職慰労金と関連のある会社加入の保険契約の受取保険金(中途解約返戻金も同じ)は、全額会社に帰属する旨規定されている。
しかしながら、右規定があるとしても本件合意の成立は両立し得るので、右認定の妨げとはならない。
また、本件保険契約において、保険料は、全額損金処理することにより、被告会社にとって、利益の繰り延べと節税効果が認められるとしても、右合意の存在を認定する妨げとはならない。
3 そこで、本件合意に基づく、被告会社が亡太郎の相続人である原告に対して支払うべき具体的な金額について検討するに、《証拠省略》によれば、被告会社は、本件保険料として、一九七〇万八三四〇円を支払っていること、亡太郎の退職金として、昭和五五年七月ころに三九九万〇七二〇円を、平成七年三月に一七四二万円を、平成八年四月に三七四万七五〇〇円を支払い、その合計額は、四四八六万六五六〇円となること、本件保険契約の目的が、節税対策や企業防衛等被告会社の利益を目的としていること、亡太郎が原告に対して述べていた金額等を考慮すると、右相当金額は、本件保険金額一億三八五〇万円から、四四八六万六五六〇円を控除した額の四分の一である二三四〇万八三六〇円とするのが相当である。
なお、亡太郎の右金員支払請求権を単独相続したことは、《証拠省略》により認める。
4 以上のとおり、原告の本訴請求のうち、二三四〇万八三六〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がありその余は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 玉越義雄)